映画やドラマを見た人もぜひ小説版「白夜行」を絶対読んでほしい3つの理由

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「白夜行」という作品をご存知ですか。今をときめく人気作家、東野圭吾が1997年に発表した、ミステリー長編小説です。

2005年以降に「白夜行」ブームとも言える時期があり、ドラマ化や映画化が相次ぎ、それらの媒体によって、このお話を知っているという方もいらっしゃるかもしれません。

私自身、映画も拝見しましたが、「やっぱり、この作品の闇を奥底まで味わえるのは、小説でしょう」と再認識した次第です。

この作品を知らないという方はもちろん、小説は読んだことないけど、映画やドラマで見たから小説は読んでいないという方にも、ぜひ読んでみてほしい作品です。その理由を、3つあげて見たいと思います。

1.映画はドラマでは得られない、想像力が生み出す効果

映画やドラマでは、主人公「雪穂」の配役はきまっており、その表情もしぐさもすべて画面から発信されます。しかし、小説は、読者の想像力によって映像化されるもの。

この物語を読めば読むほど、読者の中の「雪穂」は、さまざまに表情を変え、さらに得体のしれない魅力的なものに変化していきます。

だれが犯人なのか、雪穂とはいったい何なのか、完全に証明されるわけではなく、推測にすぎない状況で話がすすんでいくもどかしさにより、その思いはさらに強くなります。

想像力が小説の醍醐味だということをこの作品は嫌というほど思い知らせてくれます。

2.映画やドラマには垣間見える「救い」が小説には皆無である

映画やドラマにおいて、その場面が、残虐で眼をそらしたくなるような場面であればあるほど、その描写は間接的です。

現実ではないことを認識して、どこかほっとする「救い」があると同時に、物語を中断されたような、ちょっとがっかりするような一面もあります。

しかし、この小説にはそれが一切ありません。読者が想像しうるだけの可能性があります。時にはその想像が、自分が想像しうるネガティブな感情の許容範囲を超えて、吐き気すらもよおすこともありました。

「人間関係のドロドロ」という言葉が陳腐にさえ聞こえるほど、「雪穂」の抱える闇と冷酷さは壮絶なもの。それは火山のマグマのような熱と圧倒的な強さを持って、他の人間の悪意すら、なぎ倒していきます。

3.ドロドロした人間関係の中存在するにたった一つの真実の愛

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ネタバレになるので詳しくはお話しできませんが、この小説は、残酷で救いようのない物語であると同時に、そのような状況においても貫かれた真実の愛が描かれた物語でもあります。

ラストシーンではその愛が読者の胸をわしづかみにします。私自身もラストシーンを読み終えて、しばらく放心状態になったほどでした。なにか、どうにか、誰か、たった一つでもいい、この状況を救えるものは、なかったのかと。

「そんなもの、ありはしない」と言い放って、顔をあげてまっすぐに前を見据えて歩いていく、雪穂の声が聞こえてきそうです。

まとめ

いかがでしょうか。どうかぜひこの本を手に取って、雪穂と一緒に深い闇の中に落ちていく感覚を体験してください。戻ってきた瞬間、今、自分がおかれている現実の環境の温かさを実感し、幸せをかみしめることができるでしょう。

それだけが、この小説のたったひとつの救いなのかもしれません。

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