何度も読み返したくなる、言葉が突き刺さる小説「神様のカルテ2」

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看護師をしている私ですが、小説を読んで言葉が突き刺さった作品は、このシリーズがはじめてです。しかも、その言葉は消えることなく、私の中にとどまりつづけ、時折痛みを伴います。

その理由は、現実の医療現場が実にリアルに描かれているにもかかわらず、主人公の姿が、実に凛として美しく、眩しくて正視できないほどだから。

看護師としての自分自身のふがいなさを責められているような気持ちになるための痛みなのでしょうか。

今回はこのシリーズ4作品の中から、2番目に発表された「神様のカルテ2」を取り上げたいと思います。

1.主人公の妻、ハルの言葉

(引用)「イチさんが選んだ道であれば、私もついて行きます。でも進むことに疲れた時は、きっと足を止めて一休みしてください。そしていつでもすぐ後ろには、私がいるということを忘れないでください。」

主人公である栗原一止(くりはらいちと)は、24時間365日対応の本条病院で働く、内科医です。

大学病院への移動を断り、年中休みもなく、働き続けることを決心した一止が、申し訳ないと告げた時、彼の妻が一止に投げかける言葉です。

私自身、実際の現場で、医師である夫が仕事で帰宅しないため、疑心暗鬼になったり、精神的に異常をきたしたりする医師の妻の姿を、何度かみてきました。

このような奥様がいらっしゃれば、激務に苦悩する医師の心も救われるのかもしれませんね。

2.栗原一止が親友の辰也につぶやいた一言

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(引用)「我々が夜、何をやっているのか、盆や正月に家族を置いて、どこにいるのか。誰も気づかない。だがそれが何だというのだ。お前はつねに胸の内に秘めた確然たる良心に沿って、己が筋を通してきたではないか。(中略)いかなる逆境においても、ただ良心に恥じぬということが、我々のすべてだ。」

親友の辰也も、その妻も医師であり、辰也は妻が医師としての仕事を全うするあまり家族を全く顧みなくなったことに苦悩し、自身の医師としての在り方に疑問を持ち始めます。

そんな辰也に一止が投げかける言葉が、この言葉です。「良心に恥じぬということが我々のすべて」この言葉は、忙しさや疲れで「もうだめかもしれない」と感じるたびに思い出された言葉でもありました。

3.病院長と院長の前で、一止が発した言葉

(引用)「満床のベッド、過酷な労働環境と医師不足。そんなわかりきったことは、わざわざ手帳に書き留めるまでもないことです。はるかに大切なことは、かかるひっ迫した環境でさえ、なお試し得ることがあるという確信を捨てないことではありませんか。(中略)その確信があればこそ、我々は24時間365日を働き続けることができるのです」

上層部の人間に、患者さんの最後の望みを叶えようとして行ったことをとがめられ、さらには「治らない患者には病院から出て行ってもらうべき」と言われたことに対して、思わず反論した言葉です。

一止の言葉は正しく、美しい、でも一緒に頑張ってくれと言われたら、私には無理だと言わねばなりません。私自身、地域医療の現場の過酷さに職を辞した経験をもつ看護師だからです。

この小説を読んで、「素晴らしい医師だ」「感動した」という感想を持たれる方も多いと思います。しかし、私の心の中には何か釈然としないものが残ります。確かに自分自身を犠牲にして、患者さんのために働くことは素晴らしいこと。

でも、それに頼ってばかりの状況を放置していると、志のあるりっぱな医師や看護師であればあるほど、心や体を病んでいく状況を加速させるのではないでしょうか。

実際、本作では、一止の恩師である医師が激務のため、病気の発見が遅れ、命を落とす場面も描かれています。この小説が現状を打破する一石を投じるものになって欲しい、そう願わずにはいられません。

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